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この人に聴く!~愛甲修子先生の研究物語(前編)~
[2010年02月03日(水)]

 

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今回「この人に聴く!」に登場していただくのは、2009年度にCAPP客員研究員になられた愛甲修子先生です。愛甲先生、今日はよろしくお願いします。

 
愛甲先生:
はい、よろしくお願いします。

 


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愛甲先生は、現在、臨床心理士としてご活躍されています。また、帝京平成大学で教員もされています。ところで、現在は主にどういった研究に取り組んでいらっしゃるのですか?


愛甲先生:
今は、私の臨床心理士としての経験を、「現象学」といった哲学的観点から人間科学としての学にまとめる研究を進めています。

 

 

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哲学的観点からですか・・・難しそうですね・・・愛甲先生はどうしてそのような研究を始められたのですか?


愛甲先生:

私は、ちょっと変わった経緯で研究者になったんです。いま思えば、それは「必然」だったとは思うのですが、当時は今のようになるとは思ってもみませんでした。私は障害のある大人や子どもに対して、これといって特に強い関心をもっていたというわけではありませんでした。ところが、気がついてみたら、向こうから押し迫ってきていたんです。

 

今から20年以上前の話ですが・・・当時私が住んでいた部屋の一つ上の階に、重度心身障害のお子さんの家族が住んでいました。その子のお母さんはいつもその子を背中に負ぶってました。お子さんには頭からすっぽり身を隠すような感じでねんねこがかけられていて、その子の顔は全く見えませんでした。ですので、私はその子のことをてっきり赤ちゃんだと思っていました。当時すでに5歳になっていたんですが、その子は歩けなかったのです。

 

それから一年後にその子が亡くなりました。お葬式の前日に、その子のお家から棺桶を叩く音が私の部屋に筒抜けに聞こえてきました。その子は5歳で、とても小さくて、重度の心身障害で・・・・・・その時の棺桶を叩く「音」が、なんともいえない響きとして、私の心に強く残ったんですね。

 

それからしばらくして、引っ越した先の貸家の大家さんの身内の方にも、重症心身障害を持つ子どもがいました。また、その貸家の隣の家には自閉症の男の子が住んでいて、そんなある日、お隣の方が私にこんなことをうち明けました。「うちの子どもが今3歳で、突然言葉が消えてしまった」と言うんです。それで、私に、どうにか言葉を出せるようにしてあげて欲しいと頼みに来たんです。

 

 

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・・・なんというか、不思議な人生の流れ、そんな感じがします。


愛甲先生:
ええ、そうですね。私はその子の力になりたくて、そのためには勉強しなくちゃいけないと思い、それから千葉大学で教育学を学ぶことにしたんです。私が研究の道にかかわりを持つようになったのは、その意味ではその子がきっかけなのかもしれません。その子は「折れ線型自閉症」で、はじめは言葉が普通に出ていましたが、1歳半くらいで全部消えてしまいました。一生懸命に関わらせていただきましたが、結局、言葉は出ないまま今日に至っています。 

 

私が今の仕事をするようになったのは、こうした出会いが大きなきっかけになっていると思います。出会いを通じて千葉大に通うようになり、その後、児童相談所の心理判定員になりました。それから8年間心理判定員という仕事をして、そのあいだに、やっぱり心理学をもっと勉強しないとダメだなと思ったんですね。私の場合、生活のなかから知識がどうしても必要になって、気がついたら臨床心理士になっていた、という感じです。

 

 

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なるほど・・・臨床心理士をはじめから目指していた、というより、気付いたらなるべくしてなっていた、という感じなんですね。ところで、児童相談所で心理判定員をなさっているときに、特に印象に残った経験にはどういうものがありますか?

 

愛甲先生:
もうありすぎというくらいいっぱいありますが・・・なかでもこんな話があります。私は主に虐待された子どもの相談を受けていました。特に「遊戯療法」(遊びを通しての心理療法)をやっていたんですね。その1つに「生まれ直し」の遊戯療法の経験が特に印象に残っています。

 

「生まれ直し」っていうのは、文字通り、もう一度生まれ直す経験なんですね。私が相談を引き受けたある子はかなりひどい虐待を受けていて、本当なら保護して施設に入らなければいけなかったんだけど、上手くいかなくて。7歳の男の子で、「非行」とか「反社会的」と呼ばれる行為を繰り返していた。その根っこには「虐待」があったんですね。

 

それで、その子との遊戯療法が始まりました。ある日のこと、「かくれんぼう」をしていて、彼は戸棚に隠れていたんですね。で、なかなか見あたらないし、出てこない。それで、しばらくすると、戸棚の中からトントンという音が聞こえてきました。私は、ああここか、と思って、「ここかしら?」と呼びかけたんです。けれども、彼はなかなか出てこないのです。それで、じっと扉の前で待っていたんですね。 

 

それでも出てこないので、扉をそっと開けました。そうしたら、まるで母親の胎内にいる赤ちゃんのような姿勢で、彼は折れ曲がって戸棚の中に挟まっていました。私は驚いて彼を引っ張りだそうとしましたが、彼の体はピッタリ挟まっていて出てくることができません。そこで、私は必死の思いで彼を引っ張り出しました。本当に命がけの難産でした。ようやく生まれた彼を私はしっかりと抱きしめました。その時、彼は、いわば「生まれ直し」をしたのだと思います。それはとても不思議な体験で、私たちは喜び合いました。それから、彼はまるで生まれ変わったみたいに人が変わったんです。社会的なルールを守るようになりました。以前は、学校でいっぱい悪さをしていましたし、大人にも悪態をついたりしていた子が、そういうことをいっさいしなくなりました。共同体のなかで生活することを受け入れるようになったんです。これが一番印象に残った経験なのだと思います。

 

 

 

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ううーん、不思議だけど、どこか分かるような気がします。なんで彼がそこまで変われたのか、論理的にはなかなか説明できない難しさがありそうですが・・・。

 

愛甲先生:
うん、それをいずれ理論化しなくてはいけないと思っているのです。その日、その時まで、私たちは何度も何度も(生まれ直しのために)ハッピーバースデーのお祝いを繰り返していたんです。遊戯療法でね。ケーキやおもちゃを準備したりして。でも、「かくれんぼ」のときはじめて生まれ直しが出来ました。本当に感激したんです。犯罪をしてしまうということの裏にはこういう脆さがあって・・・苦しくて、誰かを必要としていて、叫んでるっていうことなのでしょう。

 

「認めあえる」ということはとても難しいことですし、自分を語るということは、とっても勇気がいることです。臨床心理士として、これまで、いろいろな方々とお会いしてきましたが、私は自分のことをあまり語らないできました。語りたくなかったし、語る術を持たなかったからです。しかし、哲学(現象学)に出会ってから、いろいろな方たちと自分について話すことができるようになりました。そうしたら、自分が変わっていきました。

 

(前編はここまで。次回、後編に続きます。乞うご期待下さい!)

 

プロフィール

「本学の東京麻布台セミナーハウスを活動拠点として、人権、平和、人間の安全保障、多文化共生を主要なテーマに多彩な研究活動を展開しています。
(写真:スタッフ愛用のメジャー、「まいなーくん」。こう見えてもCm/Inch 両用の優れもの)」
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