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    授業内容詳細

 日本政治史Ⅰ
   Political History of Modern Japan Ⅰ
授業科目区分
法学部専門教育科目・政治学系
担当者 田中 和男(講師)
グレード G3
テーマ 19世紀中半の幕末から近代国家が確立・崩壊するまでの近代日本政治史
キーワード グローバル化,一等国意識と民本主義,内憂外患,尊王攘夷から倒幕へ,協調外交,明治維新,文明開化と脱亜論,昭和恐慌,民権論と国権論,日清戦争と日露戦争
開講年度
2017
開講時期
配当年次
3・4
単位数
2
コース 3年生 (法)国際関係コース基本科目(2015年度以降入学生),(法)国際関係コース基本科目(2012~2014年度入学生)
4年生 (法)国際関係コース基本科目(2015年度以降入学生),(法)国際関係コース基本科目(2012~2014年度入学生)

授業の目的及び概要 19世紀の幕末から近代国家の成立の日本の政治史を、社会福祉認識と国民統合政策に焦点を当てて概観する
履修条件 特にありません。
科目の位置づけ(DP・CPとの関連) この科目は、学位授与の方針(DP)に定める、学生が本学における学修と経験を通じて身につける知識や能力のうち、以下に該当します。
1.自由、平等、民主主義などの価値原理を基礎とする、法と政治に関する基本的専門知識を体系的に理解している。
学修の到達目標 福祉と政治についての考え方を身に着ける
授業の方法 基本は講義方式になると思いますが、参加者の人数によって、みんなの関心・発言などをしてもらう機会を作っていきます。シラバスは一応の目安なので、実際の授業は異なるかもしれないので、了解してください。
授業外の学修(予習・復習等) 教科書、レジュメなどをよく読んでおくこと
テキスト・参考書 田中・石井・倉持編『社会福祉の歴史』法律文化社、2017年「
必要なレジュメを配るので、大事に保存しておいてください。適宜参考書を紹介します。
成績評価の基準・方法 定期試験60%、課題レポート20%、授業への取り組み20%を基本にして、総合的に判断します。
履修上の注意事項など -
この科目の履修にあたって -
オフィスアワー


第1回 日本政治史の課題

授業のガイダンス。授業の行い方、評価などの確認、政治史を考える場合、国内政治だけではなく、国際関係、経済、文化などの影響を考える必要があることを認識する。

第2回 日本のナショナリズムとアジア・中国

鎖国体制を続けていた日本に開国を求めるグローバル化の波が押し寄せくる。幕藩体制は内と外の困難(内憂外患)をどう克服するかが課題となった。

第3回 ペリーの来航と攘夷思想

西洋の中でも後進国であったアメリカ合衆国は国内開発と統一を進め、19世紀中半には世界を文明化する使命を自覚して、太平洋国家としての道を歩み始める。1853年、ペリーが派遣され、幕府に対する開港を迫った。アメリカだけではなく、イギリス・ロシアが続いた。

第4回 明治維新と近代国家の形成

開国を強制された日本は、開国派と攘夷派の対立から、倒幕論の動きか活発化し、権威を取り戻した天皇を利用しながら、国内政治のリーダーシップを争っていった。その中から薩長を中心とする新政権が誕生する。

第5回 領土の確定

国内統一の文明開化政策だけではなく、周辺地域との間で日本の領土を確定する必要があった。中世以来、半分の独立を保っていた琉球王国や蝦夷地を日本に組み入れていった。

第6回 日清戦争と日露戦争

国内政治では大日本帝国憲法を制定して外形的には立憲政治を整えるとともに、制限選挙ながら国民の代表を政治に参加させることになった。対外的には、主権線の周りにある利益線を支配するために朝鮮半島の領有をめぐる日清・日露戦争に国民を動員していく。

第7回 一等国意識と日本のナショナリズム

明治維新以降の支配構造の確立する中で、国民も政治を支える義務が求められる。納税・徴兵・教育などを通して日本人意識を獲得した国民は、アジアの中での独立を果たした日本という一等国意識に賛同していくことになる。

第8回 アジア主義の台頭と中国

20世紀になると国内の民主化を求める大正デモクラシーの思想が浸透し、日本の植民地となった朝鮮や台湾などでも独立・自治を求める動きが広がりだす。日本国内でも民族自立に賛成して、アジア全体の開放を求めるアジア主義の考えが支持を受けることになった。

第9回 協調外交の挫折

第1次世界大戦を英国側で参加した日本は、戦後の国際政治の中でも発言力を強めた。国際連盟の常任理事国の一つとして、戦後の国際協調外交を展開する責任が課せられた。

第10回 世界恐慌とアジアへの覇権

第1次世界大戦後の戦後不況、(関東大)震災不況、昭和恐慌など不況を経験した日本は、1929年の世界恐慌が重なって、その克服する道を国内改造の方向ではなく、中国東北部である満州進出に活路を見出すことになる。それはさらに、日中戦争につながっていくことになる。

第11回 アジア太平洋戦争への道

中国の戦線に行き詰まった日本は、抵抗を続ける国民党政権を支援する英米との戦いに進んでゆく。戦争のための資源を求めて日本は東南アジアにも権益を広げようとしていたのであった。1941年12月7/8日、日本は真珠湾と、マレイ半島のコタバルで戦線を開いた。

第12回 連合国の反撃とサイパン陥落

開戦から半年後の1942年6月、ミッドウエイ海戦では大敗北をきたす。戦いの流れは変わる。ガダルカナルの撤退、44年7月にはサイパンが陥落する。敵兵だけではなく日本兵や一般の日本人が戦死した。アメリカはサイパンから本土・沖縄の空襲をはじめ日本の敗北は不可避となる。

第13回 連合軍・アメリカの戦後構想

ドイツ・日本を追い詰めた連合国のアメリカ・イギリス・ソ連(現在のロシア)はヤルタで会談を行い、ドイツへの総攻撃後3か月で日本を敗戦に導くことを決定する。千島・沖縄を奪うなど日本の小国化の方向に合意した。

第14回 沖縄戦と日本の敗戦

本土への空襲と沖縄の陸上戦が始まり日本の敗北は目に見えてきたが、支配層は天皇制の存続=国体護持にこだわっていた。ドイツを打ち破った連合国は非軍事化と民主化を求めるポツダム宣言を日本に突き付け、ヒロシマ・ナガサキの原爆を被った日本はポツダム宣言を受け入れ敗戦を迎えた。

第15回 20世紀前半の日本の政治

20世紀初頭から敗戦までの日本政治のまとめ。