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    授業内容詳細

 中国経済論Ⅱ
   Chinese Economy Ⅱ
授業科目区分
経済学専門教育科目・国際経済
担当者 木下 英雄(講師)
グレード G2
テーマ 戦後日中経済関係の歴史と現代中国経済の諸側面
キーワード 二分論,ココム(対共産圏輸出統制委員会),LT貿易,長期貿易協定,日本の対中国関与政策,ODA援助,委託加工,三資企業(合作、合資、独資企業),人民元改革,政冷経熱から政冷経冷へ
開講年度
2017
開講時期
配当年次
2・3・4
単位数
2
コース 2年生 (経済)グローバル経済コース基本科目(2014年度以降入学生)
3年生 (経済)グローバル経済コース基本科目(2014年度以降入学生)
4年生 (経済)グローバル経済コース基本科目(2014年度以降入学生),(経)グローバル経済コース基本科目(経済系)(2012~2013年度入学生)

授業の目的及び概要 戦後の日中経済交流の歴史を概観します。戦後の日中間経済交流はどのような国際環境のもとでどのような形で交流を始めたか。1970年代初頭のどのような契機が正式な国交回復につながり、どのような新たな経済交流がその後戦略的提携期を経て、1970年代末に始まる改革開放時に今からすれば信じられないような蜜月期とも呼ばれる日中間の親密な友好関係を作り出したか。また改革開放時に同時に始まった別の新たな経済交流はどのようなものか、どのように発展していったか。90年代半ばにどのような原因で日中関係が悪化したか。2000年代はしかし政冷経熱と呼ばれ経済交流は活発だった。この時期に経済交流を活発化させていた要因は何か。2012年以降、政冷経冷と呼ばれるようになったが、それはどういうことか。
履修条件 特になし。
科目の位置づけ(DP・CPとの関連) 経済学科のDPの「2. 経済学を中心とする幅広い専門知識を身につけている。 3. 現代社会の経済問題を理解し、その解決の方法を考える力を身につけている」に該当します。
経営学科のDPでは「3. 企業をはじめとする組織の経営問題を理解し、その解決の方法を考える力を身につけている」に該当します。
学修の到達目標 今は決して良いとは言えない日中関係も一時期は非常に良かった時期もありました。1980年代に日中間の蜜月期を形成した日本から中国へのODA経済援助は、戦後賠償免除とも密接なかかわりがあります。蜜月期には歴史認識問題はそれほど大きくは問われませんでした。日中間の経済交流の歴史を概観することは、日中関係自体を好転させるのに役立つはずであることはもちろんですが、東南アジア諸国との現在の良好な関係を今後も維持していくために何が必要かを考えるヒントも与えてくれるでしょう。今後とも付きまとうと考えられる歴史認識問題への日本人の取り組み方を考えるとともに、日中間の戦後の経済交流の歴史を、

一、国交のなかった50年代、60年代、
二、国交回復後の良好な関係が築かれていた蜜月期を含む70年代から90年代前半、
三、悪化した関係の続く90年代後半以降

の3つの時期に区分して、それぞれの時期の経済交流の特徴とその交流に与えた日台関係、日米関係、中ソ関係、中米関係、中台関係などの影響などを理解する。
授業の方法 プリントを配布し、プリントに沿って講義する。
授業外の学修(予習・復習等) 授業レジュメ、復習プリント
テキスト・参考書 以下、参考文献

①国分良成・渋谷芳秀・高原明生・川島真『日中関係史』有斐閣アルマ 2013年
②毛里和子『日中関係』岩波新書、2006年
③服部健治・丸川知雄『日中関係史Ⅱ 1972-2012 経済』東京大学出版会


成績評価の基準・方法 試験(60%)と平常点(40%)との総合評価による。平常点は、復習用プリントの提出からなる。
履修上の注意事項など 学生カード忘れたらその旨コメントシートに目立つように大きく色付きのベーンで書いておいてください。授業期間中にはウェブ上での出席チェックが出来ておりませんが、必ず成績を付ける段階ではチェックしております。
この科目の履修にあたって 最近、日中関係改善の兆しが見えてきています。NHKBS1ではBS1スペシャル「私たちが日本を好きな理由~中国・変わり始めた対日観~」が昨年3月に放映され、中国で対日観が改善してきていることを伝えています。ここ20年ほど日中関係は悪い状況が続いていますが、ずっと悪かったわけではありません。80年代のように「蜜月の関係」「両国関係のハネムーン」と言われた非常に仲の良かった時代もありました。何が関係を悪くしてしまっているのでしょうか。日中関係、日中経済関係を詳しく扱う予定です。日本人学生の皆さんには歴史認識問題に強くなり、日中関係の改善に貢献できる人になってもらえればと思います。中国人の皆さんには日本国内の現実をよく見て歴史認識問題が根強く残る要因と友好を育む大多数の日本人との付き合い方を考えてもらえればと思います。
オフィスアワー


第1回 戦後日中関係の概観

戦後日中関係を概観するビデオを見てもらいます。

第2回 日華平和条約とココムの下で始まった日中民間貿易(50年代)

50年代に国交のない状態で始められた民間の日中貿易はどのような環境にあったか。その貿易の特徴はどのようなものだったか。貿易協定で日本と中国、それぞれの基本的姿勢はどのようなものであったか。58年にいったん全面ストップした原因は?

第3回 2つのチャンネルで行われた日中貿易(60年代)

60年代の2つの貿易チャンネルとは?経済政策重視の池田内閣の下で中国側の念願の工業プラント輸入を実現するためにとられた貿易の方式とは?これは通産省の役人の支持を取り付けて行われた半官半民の貿易とされるが、それに対し政府はどのような態度を取り、これを阻止するために台湾はどのような行動に出たか?

第4回 米中接近と日中国交正常化

米中それぞれのどのような事情が米中接近へと向かわせたか。60年代後半に工業プラント貿易を可能にした貿易方式が、台湾の行動で失速していたが、70年の「周恩来四条件」はどのような効果をもたらしていたか。米中接近後、一気に日中国交正常化に突き進んだ要因は?

第5回 対ソ戦略提携と中国近代化路線の下で発展した日中貿易(70年代)

70年代の日中貿易の発展は、日中双方のどのような経済状況に基づくものか。1974年日中貿易協定で、対ソ戦略提携のもと米国が行った貿易規制緩和をまねたと考えられるその中身とは?1978年長期貿易協定により、ようやく日本政府も正式に承認して始められた工業プラント輸入にいったんストップがかかった要因は?またそれに対して日本側はどのような手を差しのべたか。

第6回 改革開放政策とODA援助(80年代)

日本がODA援助を行い、中国がそれを受けることになったそれぞれの事情はどういうものか。米国からの対中ODA援助が少なく日本がダントツだった原因は?ODA援助実施に当たっては日本の省庁間で諸外国の懸念もあり対立があった。その対立はどのようなもので、どのような調整が図られたか。ODA援助に対して中国人の評価は?80年代の対中直接投資に多かった委託加工とは?

第7回 天安門事件の背後の2つの経済路線勢力と日本

歴史的に重要な第11期3中全会ののち改革開放が直ちには始まらず、海外からの工業プラント輸入キャンセル問題を惹き起こす原因を作った勢力とは?それに対し、鄧小平はどのように行動し、日本はそれをどのように支えたか。天安門事件において学生、民衆は何に抗議していたか、それに対し武力鎮圧を行った異なる2つの方向の勢力とは?それに対して日本はどのような態度で臨んだか?

第8回 南巡講話と外資企業、日系外資企業(90年代)

世界的対中投資ブームが起こった要因は?90年代に現地法人を設立した外資企業は何を目的として進出してきた企業が多いか。WTO加盟を果たすためにどのような規制緩和が行われたか。2000年前後から外資企業の進出目的で増えてきたのはどのような目的か?

第9回 台湾海峡危機、安保再定義と日中関係の悪化

95年くらいまでは日中関係は蜜月関係と言われるほど良好であったが、95年前後以降、一気に悪化した。その要因は何だったか。

第10回 中国の海洋発展戦略と領土問題

中国の海洋発展戦略とはどんなものか。領有権問題における帰属についてどのように考えるべきか。中国、日本はそれぞれどのような根拠に基づいて自国領有権を主張しているか。

第11回 いわゆる「チャイナリスク」について

中国に進出した外資企業は様々なリスクに直面するとされる。市場経済の習慣の未定着からくるリスクとは?輸出時における付加価値税の不還付問題とは?社会保険や住宅費用積立の管理における合弁企業でのトラブルとは?組合委員長退職金問題とは?乱収費問題とは?

第12回 アジア金融危機、世界金融危機の影響

1997年アジア金融危機はどのようにして発生し、中国にどのような影響を与え、外資企業、日系企業にどのような影響を与えたか。また2008年世界金融危機はどのようにして発生し、中国にどのような影響を与え、外資企業、日系企業にどのような影響を与えたか。

第13回 知財権問題、食の安全問題、環境協力、経済摩擦

中国での日本企業の知財権被害の具体例。その背景は?日本は中国における知財権制度確立にどのような貢献をし、中国政府はどのような努力をしてきたか。輸入中国食品、輸出日本食品についてそれぞれどのような問題が生じて来たか。食品輸入における中国からの輸入の優位性とは?残留農薬検出割合における国産品と中国産品との比較の意外な結果とは?

第14回 ODA援助の終了、政冷経熱から政令経冷へ、爆買いの停滞(2000年以降)

外務省の対中円借款実施条件の基準はどういうものだったか。対中円借款終了の原因となったものは何か。対中円借款についての当時の日中それぞれの見方は?その終了はどのような過程と手続きを経て決定されたか。2000年代の政冷経熱の状況とは?2012年以降の政冷経冷の状況とは?爆買いの要因とその後の停滞要因は?

第15回 アジアインフラ投資銀行(AIIB)と「一帯一路」構想

米国が「中国のような国に世界経済のルールを書かせてはいけない」と言ってTPP(環太平洋経済連携協定)に参加、結成させたのに対し、中国は、米国の制止を振り切って参加してきた英独仏伊含む70か国もの参加国を集めてAIIB(アジアインフラ投資銀行)を創設し、中国から欧州までを「シルクロート経済帯」(「一帯」)と「21世紀海上シルクロード」(「一路」)で結ぶために交通インフラを建設しそれを金融面から支えようとしている。具体的進行状況とともにその目的について見ておきます。